「ありがとうが言えなかった」 〜後悔を残さない看取りのための処方箋〜
皆さん、こんにちは。緩和ケア医の廣橋猛です。
私はこれまで、たくさんの患者さんとそのご家族の「最期」に立ち会ってきました。その中でいつも感じるのは、どんなに大切に看病を続けていても、別れのときに「もっとこうしてあげればよかった」と後悔する気持ちを抱く方が多いということです。とくに多く聞かれるのが、「ありがとうが言えなかった」という声です。
日本には「言わなくても伝わる」という文化があります。特に親しい間柄ほど、あえて言葉にしないという関係性が築かれてきた背景もあるでしょう。看病や介護の中でも、「行動で尽くす」ことが重視され、「あえて言葉にするのは気恥ずかしい」と感じる方も少なくありません。
でも、だからこそ"言葉"が持つ重みと力は、とても大きいのです。 今回は、そんな"言葉の後悔"について、ある女性の体験をもとに考えてみたいと思います。
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「ありがとう」が胸につかえたまま
60代の由美子さんは、3年前に肺がんで夫を亡くしました。
「夫は無口な人で、家族のためにずっと働いてきてくれました。子ども2人を育て上げ、私が体調を崩した時にも何も言わずに支えてくれて…」
夫は、病気が見つかってからも治療に前向きに取り組み、亡くなるその日まで「諦めない」と口にしていたそうです。そんな彼に対して、「もう長くはないかもしれないこと」を意識した会話は、なかなかできませんでした。
「死を意識した会話は、ほとんどできませんでした。だから、"ありがとう"とか、"お疲れさま"とか、本当はたくさん言いたかったのに…」
話してしまうことで、希望を奪ってしまうような気がして…。元気そうにふるまっている夫を前にすると、かえって言い出せなかったのです。
看取りの日は、思ったよりも突然訪れました。病状は悪化していたものの、まさかその日になるとは思っていませんでした…。気づいたときには、もう声をかける余裕もなく、彼は静かに息を引き取ったのです。
「言っておけばよかった。せめて一言でも、『ありがとう』って」
葬儀が終わったあと、仏壇に向かって初めてその言葉を声に出したとき、涙が止まらなかったといいます。

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