75歳からのがん治療 〜「もう年だから…」と諦める前に〜
皆さん、こんにちは。緩和ケア医の廣橋猛です。
このニュースレター「家族を守る処方箋」では、ご家族の看病や看取りに直面する皆さんが抱えている不安や悩みに対して、少しでも役立つヒントをお届けしています。
さて、本編に入る前に、読者の皆さまにお願いがあります。この度、読者さま向けアンケートを実施することになりました。本レターをより改善して、皆さまに役立つものにしていきたいと考えています。以下リンクから、何卒ご回答よろしくお願いいたします。回答は1分以内に終わるものです。
さて、今回は「75歳以上のがん治療」という、非常に難しく、でも皆さん関心をお持ちである大切なテーマについて考えていきたいと思います。
(長文ですが、時間のない方は末尾にまとめも掲載していますので、そちらだけでもご覧ください)
【導入】抗がん剤がしんどいと訴える高齢者
「先生、父はもうすぐ80歳です。こんなに辛い治療を、本当に続けるべきなのでしょうか?」
先日、私の外来に、78歳で肺がんを患う田中さんの娘さんが、目に涙を浮かべてこう尋ねられました。
田中さんご本人は、たび重なる抗がん剤治療で食事もままならず、この数週間はベッドで過ごす時間が増えています。ご本人も「しんどいよ…」とこぼすことが増えてきたそうです。一方で、担当のがん治療の先生からは「まだ効果が期待できる新しい薬がありますから、がんばりましょう」と次の治療を勧められているそうです。
娘さんは、「父の生きようとがんばる力を信じたい」という思いと、「もうこれ以上、父が苦しむ姿を見たくない」という思いの狭間で、どうしたら良いか分からず、深く悩んでおられました。

75歳を過ぎると、がん治療の風景は大きく変わります。
若い世代のがん治療とは、全く違う物差しが必要になるのです。
体力、持病、そして何よりご本人が「残りの人生をどう生きたいか」という価値観。
今回は、多くのご家族が経験するこの出口の見えない葛藤について、「がんばる」だけではない選択肢と、後悔しないための「処方箋」を一緒に考えていきたいと思います。
1. なぜ75歳以上のがん治療は“悩ましい”のか? ~「老い」と「がん」が交わる現実~
75歳という年齢は、多くの方にとって人生の大きな節目です。若い頃とは違い、私たちの身体には「老い」という自然な変化が訪れます。この「老い」という現実を抜きにして、がん治療だけを考えることはできません。ご高齢の方のがん治療が若い世代と比べて特別に“悩ましい”のには、大きく3つの理由があります。
1-1. 器としての身体の変化
若い頃は、体力という「器」が大きく頑丈です。治療による副作用という強い雨が降っても、器にはまだ余裕があり、雨が止めば回復も早い。しかし、年齢を重ねると、その器は少しずつ小さく、そして脆くなっていきます。
これを専門的には「フレイル(虚弱)」とも呼びますが、同じ量の抗がん剤を使っても、副作用がより強く出たり、回復に時間がかかったりします。一度体調を崩して寝込んでしまうと、そのまま回復するのが難しくなってしまうことも少なくありません。
高齢者が若い世代と同じ治療法を行ったらどうなるか。
治療が過剰な負担となってしまい、体力を根こそぎ奪い、生活の質を著しく下げてしまう危険性を、私たちは常に考えなければならないのです。
ですから、若い世代と同じような治療を行うことは少なく、たとえば抗がん剤の量を減らしたり、投与する間隔を延ばしたりするのです。でも、その分、効果も期待しにくくなるのも事実です。
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- 2. 治療の「ものさし」を変える勇気 ~ゴールは「治癒」から「どう良く生きるか」へ~
- 3. ただ「がんばる」以外の選択肢 ~75歳からの賢い治療との付き合い方~
- 4. 家族だからこそできる最高のサポート「人生会議」
- 【まとめ】後悔しない「選択」をするために
- 最後に
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