そばにいることが、いちばんのケアです

『毎日来ているけれど、意味があるのかしら』と妻は言った
廣橋猛 2026.05.17
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大切な人がもう話せなくなったとき、あなたは「会いに行く意味があるのだろうか」と思ったことはありませんか。返事もない、目も合わない。そんな相手の隣に座って、何になるのだろう、と。

***

静江さん(74歳)の夫・茂さん(78歳)は、肺がんの末期で入院していました。

肺がんが見つかったのは一年ほど前のことです。最初は驚き、戸惑い、夫婦で泣いた日もありました。それでも抗がん剤治療を受けながら、しばらくは普通の生活が続きました。退職後の楽しみだった庭いじりを、ゆっくりとですが続けていた茂さん。「思っていたより、元気でいられるものだな」と、静江さんと話していた時期もあったのです。

ところが、ある時から少しずつ、坂を転がるように衰えていきました。体重がじわじわと減っていく。庭に出る時間が短くなる。食欲が落ちていく。やがて、自宅では食事がほとんど摂れなくなり、入院することになりました。

病室で点滴を受けながら横になる時間が増えていったある日、医師から「これ以上の治療は、かえって茂さんを苦しめるだけかもしれません」と告げられました。残された時間も、長くはないと。静江さんは覚悟していたつもりでしたが、はっきりと言葉にされると、やはり胸が締めつけられました。

それから、茂さんは話す力を少しずつ失っていきました。最初は声がかすれて聞き取れなくなり、次に「うん」「ああ」といった短い返事しか出なくなり、やがてほとんど反応がなくなりました。目を開けてはいるけれど、誰を見ているのか分からない。

それでも静江さんは、毎日、バスを乗り継いで一時間かけて病院に通っていました。病室では、茂さんの隣の椅子に座って、編み物をする。窓の外について、ぽつりぽつりと話しかける。「今日は曇りよ」「桜が咲き始めたわよ」。返事は、ない。

ある日、診察室で、静江さんは私にこう漏らしました。

「先生、私……毎日来ているけれど、本当に意味があるのかしら。あの人、もう私のことも分からないみたいだし、話しかけても返事もないし……」

その声には、長年連れ添った夫に届かなくなった寂しさが、にじんでいました。

***

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