余命を告げる医師は、外れることを知っている
「冬服を、全部処分してしまったんです」
外来で、その方は少し笑いながら話してくれました。
半年前、前の病院で「余命は半年くらいでしょう」と告げられたそうです。夏のことでした。もう次の冬は来ない。そう思って、クローゼットの中を空にしました。コートも、セーターも、マフラーも。身辺整理のつもりだったのでしょう。
けれど、冬が来ました。
その方は寒そうに肩をすくめながら、こう続けました。
「また買い直しましたよ。まさか、着る日が来るとは思わなかった」
笑い話のように話してくださいましたが、私は笑えませんでした。
その半年間、この方は「もう来ない冬」を前提に生きてこられたのです。
別の方は、「まだ半年ある」と思いました
同じ頃、私の外来に車椅子で来られた男性がいました。
やはり三か月前に「あと半年だね」と告げられた方でした。ご家族は、こう話してくださいました。
「ショックでした。でも同時に、まだ半年あると思ったんです」
その方には、やりたいことがありました。長年ご自身が担ってきた仕事を、息子さんに引き継ぐこと。それから、ずっと行きたいと話していた遠くの温泉に、奥様と行くこと。
体調が落ち着いたら、始めよう。仕事の忙しい時期が過ぎたら、出かけよう。そう考えて、宿の予約は二か月先に入れていました。
けれど、診察した私の目には、二か月先まであるようには見えませんでした。
近場の温泉に一泊するのが精一杯でした。引き継ぎは、途中で力尽きました。最期まで「もっと早く始めればよかった」とおっしゃっていました。
同じ「半年」という数字が、一人には長すぎ、一人には短すぎたのです。
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- その数字は、三回に二回外れます
- 私たちは、この数字の重さを分かっていなかった
- 余命告知は、判決ではありません
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