「大丈夫だから行ってきなさい」が、最後の言葉になった

死に目に会えなかったあなたへ、緩和ケア医から
廣橋猛 2026.07.15
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「大丈夫だから、行ってきなさい」

その朝も、母は病室のベッドから娘を送り出しました。いつもと変わらない声で。いつもと変わらない笑顔で。

まさか、それが最後の言葉になるなんて。

娘さんは、父を早くに亡くしました。以来、母と二人三脚で生きてきました。週末はいつも二人で買い物に出かけ、帰りにあんみつを食べるのが習慣でした。マイペースな母に、つい「早くして」とイライラしてしまうこともありました。

母が大腸がんと分かってからは、仕事を休んで治療に付き添い、自宅での介護もがんばってきました。そんな娘の疲れた顔を見て、母は自ら入院を選びました。「あなたが倒れたら、元も子もないでしょう」と。

あの日、職場に病院からの電話が入りました。急いで駆けつけたとき、母はもう、息をしていませんでした。

「もっと、いっぱい話したかった。もっと、いっぱいお礼を言いたかった。許されるなら、天国へ会いに行きたい」

娘さんは、そう泣き崩れました。

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  • どこで看取っても、悲しいに決まっている
  • 後悔の量は、想いの量です
  • お母さんは、自分で選んだのかもしれません
  • お盆は、想いを届ける日

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