あなたの手は、薬より深く届きます
大切な人が苦しんでいるとき、あなたはその身体に触れていますか。
「自分が触れたところで、何の役にも立たない」と思っていませんか。
実は、あなたの手には、薬では届かない場所に届く力があるのです。
第1回の記事で、哲也さんと道子さんの話を少しだけご紹介しました。今日は、お二人のことをもう少し詳しくお伝えしたいと思います。
哲也さん(65歳)は、肝臓がんでした。
若い頃から腕のいい職人で、建具の仕事一筋に生きてきた人です。口数は少なく、不器用で、人づきあいは得意ではなかった。独身で、家族と呼べる人は、遠方に住む五つ年上の姉・道子さんだけでした。
二人は決して頻繁に連絡を取り合っていたわけではありません。年に一度、お正月に電話で「元気か」「元気だよ」と交わす程度。それでも、たった二人の兄弟でした。
哲也さんが入院したと聞いて、道子さんは新幹線に乗って駆けつけました。連絡をくれたのは病院のソーシャルワーカーでした。「弟さんの状態があまりよくありません。できれば早めにいらしてください」。道子さんは急いで荷物をまとめ、始発の新幹線に飛び乗りました。
病室に入ったとき、道子さんは言葉を失いました。
黄疸で肌が黄色くなっている弟。お腹は腹水でパンパンに膨らんでいる。点滴の管が何本もつながれたベッドの上で、かつて頑丈だった弟は、別人のように痩せていました。最後に会ったのは、もう三年以上前のお正月。あのとき元気そうだった弟が、こんなことになっていたなんて。
何を言えばいいのか、分からない。
何をしてあげればいいのか、分からない。
道子さんはしばらく立ち尽くしたあと、ベッドの脇の椅子に座りました。そして、何も言わずに、弟の手を握りました。
ごつごつとした、大きな手でした。建具の仕事で何十年も使い込んできた、職人の手。でも今は、力が入らなくなっていました。
すると哲也さんが、ぽつりとこう言いました。
「姉ちゃんがこうしてくれるだけで、身体が楽になるよ」
道子さんの目から、涙がこぼれました。