大切な人の人生を、あなたが生きていませんか
あなたは大切な人の看病をしているとき、つい「自分が守らなければ」と思いすぎていませんか。転ばないように、疲れないように、痛い思いをしないように。でも、ふと立ち止まって考えてみてください。あなたが守ろうとしているその人は、本当に「守られるだけの人」でいたいのでしょうか。
前回、幸子さん(73歳・大腸がん)のことをお伝えしました。
お嫁さんの「休んでいてくださいね」という優しさに従い、50年間立ち続けてきた台所から離れた幸子さん。テレビの前で一日を過ごすようになり、日に日に表情が暗くなっていきました。お腹の痛みの訴えが増え、家族は「やっぱり安静にさせなきゃ」と思う。でもそれは悪循環の入り口だったのです。
ある日の外来で、幸子さんは私にこう漏らしました。
「先生、私はもう何のために生きているのか、分からなくなることがあるんです」
私はお嫁さんに、一つの提案をしました。
「全部やめさせるのではなく、お義母さんにできることを一緒に探してみませんか」
最初は、洗濯物をたたむことからでした。リビングのソファに座ったまま、洗濯かごから一枚ずつタオルを取り出して、丁寧にたたんでいく。たったそれだけのことでしたが、幸子さんは「これくらいなら私にもできる」と、少しだけ前を向いた顔をしていました。
次に、お嫁さんが味噌汁の味見を頼むようにしました。
「お義母さん、この味付けでいいですか?」
幸子さんはお椀を受け取り、一口すすって、少し考えて、こう答えました。
「もう少しお味噌を足したほうがいいかもね。あと、ネギは最後に入れたほうが香りがいいのよ」
それは、50年間台所に立ち続けてきた人の言葉でした。お嫁さんは「さすがお義母さん」と笑い、幸子さんも照れくさそうに笑いました。

その瞬間、幸子さんの目に、久しぶりの光が戻ってきたのです。