見えているつらさが、すべてではありません
雅代さん(68歳)は、胃がんの手術をしたあと、再発が見つかりました。
抗がん剤治療を続けるなかで痛みが出てきましたが、緩和ケアのチームが関わり、痛み止めの調整がうまくいきました。昼間の雅代さんは穏やかな表情で、夫との面会中はテレビを見ながら笑うこともある。食事もある程度は摂れている。夫は面会のたびに「薬が効いてよかった。もう大丈夫だ」と胸をなで下ろしていました。
雅代さんもまた、夫の前では「今日は調子がいいよ」と笑っていました。
でも、私たち医療者は知っていました。雅代さんが夜中に何度もナースコールを押していること。「眠れない」「怖い」と、消灯後に小さな声で訴えていること。昼間の穏やかな表情とは、まるで別人のようになること。
夫はそのことを知りませんでした。雅代さんが話さなかったからです。
もう一人、健一さんという58歳の肺がんの男性がいました。会社員で、大学生の娘さんと、長年連れ添った奥さんがいます。
面会に来た家族の前での健一さんは、いつも「お父さん」でした。娘さんの就職活動の話を聞いてアドバイスしたり、奥さんに「帰りにうまいもんでも食べて帰れよ」と気遣ったり。「大丈夫だよ、心配するなよ」と、病室にいても家族を気にかける人でした。
ところがある日の深夜、巡回中の看護師が健一さんの病室の前を通りかかると、明かりがついていました。眠れずにベッドに座っていた健一さんは、看護師の顔を見た途端、思わずこう口にしたそうです。
「住宅ローンがまだ残っている。娘の学費もある。自分がいなくなったあと、妻はやっていけるだろうか」
それは、家族に向けて準備していた言葉ではなく、夜の静けさの中で抱えきれなくなって、こぼれ落ちた本音でした。
翌朝、家族が面会に来ると、健一さんはいつも通り笑っていました。
痛みが取れても、「つらさ」は消えないことがあります。そして厄介なことに、最もつらいことほど、いちばん近くにいる家族には言えない。愛しているからこそ、心配をかけたくないからこそ、黙ってしまう。
家族からは見えないそのつらさに、私たちはどう気づけばいいのでしょうか。