『その程度の痛みで休むのか』―高市首相のリウマチ報道から考える、痛みは我慢しないという選択
リウマチの痛みなんかで欠席するのか!
最近、高市早苗首相が、関節リウマチの痛みの治療を理由に、NHKの党首討論番組への出演を見送ったことに対して、そんな声が聞かれました。「それくらいのことで欠席するのか」「首相としての自覚が足りないのではないか」。報道やSNSでは、厳しい言葉が並びました。
この反応を見て、私は緩和ケア医として、強い既視感を覚えました。なぜなら、診察室で日々、同じ空気に触れているからです。
外来で痛みについて尋ねると、こんな答えが返ってくることがあります。
「このくらいなら、大丈夫です」
「我慢できますから」
声の調子は落ち着いていて、表情も穏やか。周囲から見れば、きっと「そこまでつらそうには見えない」状態です。
でも私は、その言葉を聞くたびに、少し立ち止まります。本当に大丈夫なのだろうか。
それとも、「大丈夫だと言わなければいけない」と思っているのではないか、と。
痛みがあっても、休まない。そしていつの間にか、「仕方がないもの」として痛みを諦めてしまう。
私は緩和ケア医として、これまで何度も、そういう人たちを見てきました。
そういう人は、とてもまじめで、責任感が強く、周りに気を遣える人たちです。
ある患者さんは、関節の痛みで夜ほとんど眠れていないにもかかわらず、こう言いました。
「仕事は休めないので。これくらいで休むわけにはいかないんです」
その言葉を、私は簡単には否定できませんでした。そう思わせてしまう背景が、この社会には確かにあるからです。
痛みを理由に休むことは、甘えなのでしょうか。
そして、「それくらいの痛み」とは、いったい誰が決めているのでしょうか。
緩和ケアの現場にいると、はっきりしていることがあります。痛みは、我慢するものではありません。諦めるものでもありません。
痛みは、身体からの大切なサインです。そして、そのサインにどう向き合うかは、その人の生活、仕事、人生そのものを大きく左右します。
この先では、関節リウマチに代表される「炎症の痛み」とは何なのか、そしてなぜ「痛みは我慢しない」「休んでもいい」と言うべきなのかを、 緩和ケア医の立場から整理していきたいと思います。
痛みを和らげるのは、生活を守るためなのです。
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