「無理しないで」が、元気を奪っていませんか?

台所を奪われた母が、外来でぽつりと漏らした一言
廣橋猛 2026.03.07
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大切な人が病気のとき、あなたはこう声をかけていませんか。

「無理しないでね」「休んでいてね」と。

それは自然な言葉です。

でも、その言葉が繰り返されるとき、大切な人の心の中で何が起きているか、考えたことはあるでしょうか。

***

幸子さん(73歳)は、大腸がんの手術を受けたあと、抗がん剤治療を通院で続けていました。治療の経過は順調で、副作用も軽い。医師からも「いい感じですよ」と言われていました。

幸子さんは五年前に夫を亡くし、いまは長男夫婦と一緒に暮らしています。家のことはだいたいお嫁さんがやってくれますが、幸子さんも簡単な掃除や買い物など、できることは自分でやりたいと思っていました。何より、毎日の夕食の支度は幸子さんの担当でした。50年以上、家族のために台所に立ち続けてきた人です。季節ごとの煮物、夫が好きだった味噌汁の味、孫が来たときのカレー。台所は幸子さんの「居場所」でした。

ところが、手術のあと、お嫁さんがこう言いました。

「お義母さんは治療中なのですから、夕食の支度は私がやります。休んでいてくださいね」

悪気はありません。むしろ、お嫁さんなりの精一杯の思いやりでした。幸子さんも「迷惑はかけられない」と思い、言われるままに台所から離れました。

それから幸子さんの一日は、リビングでお茶を飲みながらテレビを観て過ごすことが増えていきました。ときどき「夕食の支度くらいは手伝いたいのだけど」と言うのですが、お嫁さんは心配そうな顔で「お義母さん、痛みが強くなったらどうするんですか」と止めます。

幸子さんはこう漏らしていました。「いろいろやっている方が、気がまぎれるのだけどな……」

でも、その声は家族には届きませんでした。

日を追うごとに、幸子さんの表情は暗くなっていきました。朝起きてもぼんやりとして、テレビをつけても画面を見ているのかいないのか。そして不思議なことに、お腹の痛みを訴える回数が増えてきたのです。家族は「やっぱり身体がつらいんだ。もっと安静にさせなきゃ」と思いました。

——その「やっぱり」が、実は悪循環の入り口でした。

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