「ホスピス」の名前の裏で… ~ホスピス型有料老人ホームの光と影~
皆さん、こんにちは。緩和ケア医の廣橋猛です。
「家族を守る処方箋」をお読みいただき、ありがとうございます。
はじめに
「家で介護してくれる人がいないから、自宅での生活は難しいんです」
「でも、病院にはいつまでも入院していられないと言われてしまって…」
私が緩和ケアの外来や病棟で日々患者さんやご家族と向き合っていると、このような切実な声を本当によく耳にします。
特に人生の最期が近づき、医療的なケアや介護の必要性が高まると、どこでどのように過ごすかという問題は、ご本人にとってもご家族にとっても、非常に大きな悩みとなります。
そんな中で、近年、一つの受け皿として急速にその数を増やしてきたのが、いわゆる「ホスピス型有料老人ホーム」(あるいは「終末期対応」「ターミナルケア対応」などとも呼ばれます)です。
患者さんからすれば、「ホスピス」という言葉を冠することで、最期まで苦しまずに穏やかに過ごせるのではないか、専門的な緩和ケアを受けられるのではないか、という期待を抱きやすいですよね。
また、病院の立場からしても、在宅療養が困難な患者さんの退院先として、医療的なケアに対応できるため、比較的スムーズに退院調整が進めやすいという側面がありました。少し偏った言い方ですが、病院の退院調整する立場としては、1日でも早く退院させられることも大切な役割なのです。
しかし、皆さんも報道などでご存知かもしれませんが、最近、いくつかのホスピス型有料老人ホームにおける、訪問看護サービスの不適切な請求が大きな問題として取り沙汰されています。この問題は、単に一部の事業者の不正というだけでなく、このような施設が急増してきた背景にある構造的な課題や、そこで提供されるケアの質についても、改めて私たちに問いを投げかけているように感じます。
私は緩和ケア医として、このようなホスピス型有料老人ホームへ患者さんをご紹介し、また時には往診医として施設へ足を運び、入所されている患者さんの診療にも関わってきた私自身の経験から見ても、思うところは多々あります。
これらの施設が、厳しい状況にある患者さんやご家族にとって、ある種の「救い」となってきた側面は否定できません。
しかし一方で、施設側にとって収益を上げやすい構造、いわゆる「儲けやすくするカラクリ」が存在していたようにも感じてしまうのです。
現在、特定の事業者に対しての調査が進められていると聞いており、あまりこのタイミングで大袈裟に私見を述べるのは気が引ける部分もあります。ですが、この問題は、日本の終末期医療や緩和ケアのあり方を考える上で、避けては通れない重要なテーマです。
だからこそ、今回はこのニュースレターという場で、私が日々感じている「本音」を、できる限り冷静に、そして建設的にお伝えできればと考えています。
この記事は、特定の施設を批判したり、断罪したりすることが目的ではありません。あくまで、この問題をきっかけとして、患者さんにとって本当に質の高い終末期ケアとは何か、そしてそのために私たち医療者や社会は何をすべきなのかを、皆さんと一緒に考えるための一つの材料を提供できればと願っています。
第1部:「ホスピス」という言葉の魅力と、ホスピス型有料老人ホームが生まれた背景
1-1. なぜ多くの人が「ホスピス」に希望を託すのか?
まず、「ホスピス」という言葉について考えてみましょう。この言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか?
おそらく
「人生の最期を穏やかに過ごせる場所」「苦痛を和らげる専門的なケアを受けられる施設」
といった、温かく、安らかなイメージを抱く方が多いのではないかと思います。
実際に、終末期を迎えた患者さんやご家族が、「最期はホスピスで過ごしたい」と希望されるケースは少なくありません。
なぜ、「ホスピス」という言葉はこれほどまでに人々を惹きつけるのでしょうか。
その背景には、日本の医療・介護が抱えるいくつかの構造的な課題が深く関わっています。
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- 第2部:ホスピス型有料老人ホームの「影」:往診医として感じた懸念
- 第3部:「訪問看護不正請求」問題の深層と、その構造
- 第4部:今後のホスピス型施設のあり方と、私たちが目指すべき緩和ケア
- おわりに
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