「病気になる前の私には、戻れない」と彼は言った

そのつらさには、名前があります
廣橋猛 2026.09.14
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「先生。病気になる前の私には、もう戻れないんですね」

診察の終わり際、その方は、ぽつりとそう言われました。

60代の男性。大腸がんの治療を受けておられます。仕事ひと筋で生きてこられた方で、会社の検診で「精密検査を」と言われながら、忙しさを理由に、何年も先延ばしにしていたそうです。ようやく病院に行ったときには、がんは肝臓にも広がっていて、手術はできませんでした。いまは抗がん剤治療を続けながら、痛みの相談のために、私の緩和ケア外来にも通われています。

その日の診察は、良い話ばかりでした。血液検査は落ち着いている。痛み止めもよく効いている。抗がん剤も、順調に続けられている。

それなのに、帰り際の、あの一言でした。

「あのとき、すぐに検査に行っていれば……。何度考えても、そこに戻ってしまうんです」

そのつらさには、名前がある

体の痛みは、薬で和らげることができます。でも、この方のつらさは、そこにはありません。

「病気になる前の自分には戻れない」「なぜ自分が、こんなことになったのか」——こうした、自分という存在の根っこが揺らぐようなつらさを、私たちはスピリチュアルペインと呼んでいます。

聞き慣れない言葉だと思うので、噛み砕きます。体の痛みではない。気分の落ち込みとも、少し違う。自分の人生の意味や、自分という存在そのものに関わる痛み。自尊心が深く傷つく、と言った方が近いかもしれません。

より分かりやすくするために、具体的な例を出します。
アンパンマンマーチの歌詞の一節を思い出してください。

何の為に生まれて 何をして生きるのか 答えられないなんて そんなのは嫌だ

これがスピリチュアルペインです。

そして、正直に言えば、このつらさを和らげるのは、とても難しいのです。

どんな言葉をかけても、病気になった事実は変えられません。この方の場合は、「検査を先延ばしにした」という、自分を責める後悔が重なっています。「そんなに、ご自分を責めないでください」と声をかけたところで、この後悔には届かないのです。

では、どうすればいいのか。

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  • 諦めた先に、見つかったもの

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