「前の自分には戻れない」と言われたとき
皆さん、こんにちは。
この季節は、さまざまなところで学会の大会が開催されます。私は緩和ケアや在宅医療などの学会でいくつかの役割をいただいていることもあり、頻繁に各地を飛び回っています。忙しいけれど学べることも多く、また合間にはその地方のグルメも楽しんでいます。
今日は学会の参加を通じて、感じたことの開示です。
このニュースレターでは、緩和ケアに関する話題、病気とともに生きるヒント、そして私が日々考えていることをご紹介しています。最近は登録いただける方も増えていて感謝しています。過去記事や毎月すべてのレターを受け取るにはサポートメンバーをご検討ください。
学会で、忘れられない言葉に出会った
先日、九州で開かれた日本緩和医療学会の地方会に参加してきました。
そこで、帚木蓬生先生の講演を聴きました。作家であり、精神科医。数々の文学賞を受けてきた小説家でありながら、40年にわたって臨床に立ち続けてこられた方です。私たち緩和ケアに関わる医療者のあいだでは、『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』の著者として、よく知られています。
先に白状しておくと、私はネガティブ・ケイパビリティという考え方を、以前から知っていました。帚木先生のご本も読んでいました。それでも——いや、だからこそ、この日の講演で出会った一つの言葉に、私は釘付けになったのです。今日は、その言葉の話をさせてください。
まず、ネガティブ・ケイパビリティ。日本語に直訳すれば「負の力」。聞き慣れない言葉かもしれないので、少し噛み砕きます。
これは、「答えの出ない、どうにもならない事態に、性急に答えを求めず、そこに居続けられる能力」のことです。もともとは詩人のキーツが、シェイクスピアに備わっている力として見出したもの。それを、第二次世界大戦に従軍した精神科医のビオンが再発見し、帚木先生が臨床の言葉として日本に広く紹介されました。
私たちは普段、逆の力ばかりを鍛えています。問題を素早く見つけ、素早く解決する力。答えを出す力。学校のテストも、仕事の会議も、早く正しい答えにたどり着いた人が評価される。帚木先生はこれを「ポジティブ・ケイパビリティ」と呼び、現代人はこちらばかりに偏っていると指摘されます。
医療は、その最たるものかもしれません。症状から診断へ、診断から治療へ。医師の仕事は、答えを出すことの連続です。私自身、それを何十年も訓練されてきました。
でも、世の中には、答えの出ない問題があります。解決できない苦しみがあります。医療の力では治せない病があり、取り戻せない時間があり、誰にも答えられない問いがある。緩和ケアの診察室は、まさにそういう問いに満ちた場所です。
そこで必要になるのが、答えを出す力ではなく、答えが出ないまま、そこに留まる力だ——というのです。
講演の中で、帚木先生は一つの言葉を紹介されました。フランスの精神分析医、アンドレ・グリーンの言葉だそうです。
「答えは、質問の不幸である」
答えることが、質問にとって、不幸。
一瞬、意味が取れませんでした。でも、次の瞬間、私の頭に浮かんだのは、診察室のある風景でした。あの日の、自分の声でした。
ここから先は、その日のことを、正直に書きます。