誤解だらけの終末期の食事と水分補給 〜がんばって食べて欲しいけれど〜
「先生、父はもう何日もほとんど口にしていなくて…このままじゃ弱ってしまうんじゃないかと心配で…」
そう言って、目に涙を浮かべる娘さんの姿。これは医療の現場で頻繁に目にするものです。
ベッドでウトウト眠っているように見えるお父様の手を握りしめながら、娘さんは途方に暮れた表情をされていました。

ご家族として、大切な人が日に日に弱っていくように見えるのは、本当につらく、そして不安なことでしょう。
「何か食べさせなければ」「水分だけでも摂らせなければ」というお気持ちは、痛いほど伝わってきます。
それは、少しでも長く一緒にいたいという、当然の気持ちの表れに他なりません。
一方で、食欲がないにも関わらず、ご家族の「食べてほしい」という必死の願いに応えようと、無理に一口箸をつけ、その後むせてしまったり、かえって苦しそうな表情をされたりする患者さんも、これまで数多く見てきました。
患者さんご自身も、ご家族をがっかりさせたくない、心配をかけたくないという思いから、つらさを押し隠して応えようとされることがあるのです。
このような光景は、緩和ケアの現場では決して珍しいことではありません。
大切な人に「少しでも長生きしてほしい」「元気になってほしい」と願うご家族の愛情は、疑いようがありません。
しかし、その純粋な想いが、時として終末期を迎えたご本人を、意図せず追い詰めてしまうことがあるとしたら…私たちは一度立ち止まって考える必要があるのかもしれません。
終末期における食事や水分補給は、多くのご家族が深い悩みを抱えるテーマです。
「食べなければ弱ってしまう」「点滴をすれば楽になるはず」といった切実な想いと、ご本人の「食べたくても食べられない」という身体的な現実との間で、どうすればよいのか分からなくなってしまうことも少なくありません。
ご家族の願いが、知らず知らずのうちにご本人にとって「がんばって食べなければならない」というプレッシャーとなり、つらい思いをさせてしまうことだってあるのです。
今回は、そんな終末期の食事と水分補給にまつわる誤解を一つひとつ丁寧に解きほぐし、ご本人にとってもご家族にとっても、穏やかで後悔の少ない時間を過ごすための「処方箋」をお届けします。
ご家族の想いを大切にしながらも、何よりもまず、ご本人の気持ちを理解しようとすること。
それが、この難しい局面を乗り越えるための最も大切な鍵となるはずです。
1. なぜ「食べたいのに食べられない」の? 〜終末期の身体に起こる自然な変化〜
「先生、昔はあんなに食べるのが好きだった父が、今ではほんの数口しか…どうしてなんでしょう? 私の作るものが美味しくないのでしょうか…」
診察室で、そう言ってうつむかれる娘さんの姿に、私は胸が締め付けられる思いがしました。
ご自身を責めてしまうお気持ちも、無理からぬことかもしれません。
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- 2. 「もっとがんばって食べて!」その言葉が、愛情ゆえのプレッシャーに…
- 3. 「水分が摂れないと脱水で苦しいのでは?」〜点滴と水分補給の誤解と真実〜
- 4. 家族だからこそできる、終末期の「食」と「うるおい」のケア
- 5. 心の処方箋 〜「食べさせたい」という愛情と、どう向き合えばいいの?〜
- おわりに 〜「美味しいね」が聞けなくても、心は通い合う〜
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