「痛い時に飲んでください」は、不誠実だと思う
皆さん、こんにちは。
今週は講演会や学会参加のため、名古屋、盛岡と移動が多い週でした。もちろん外来、病棟、在宅での診療は休みなしなので、分刻みのスケジュールでしたが、合間に息抜きは忘れないようにしています。写真はわんこそば。アラフィフですが、なんとか100杯達成。腹パンです。

今日は、人が痛みを我慢することについて、思うことを書いてみます。
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我慢してしまうのは、仕方ない
「痛みは、我慢しないでくださいね」
緩和ケア医になってから、この言葉を何百回、何千回と口にしてきました。
それでも、患者さんは我慢します。それを、私は知っています。
責めるつもりは、まったくありません。我慢してしまうのは、人として、仕方のないことだと思うからです。
迷惑をかけたくない。弱いと思われたくない。薬に頼りたくない。入院中は夜勤の看護師さんは忙しそうだから。このくらいなら、まだ大丈夫だから。そして、痛みを認めることは、病気が進んでいることを認めることにつながってしまうから——これは以前、こちらの記事で書きました。
理由は、人の数だけあります。そしてどれも、その人なりの、まっとうな理由なのです。
さらに、私たちには、我慢を美徳とする文化があります。痛みに耐えることが強さであり、訴えることは弱さである。そう育てられてきた方が、少なくない。
アメリカで臨床をされた先生に聞いたことがあります。あちらの患者さんは、少しでも痛ければ、すぐ痛み止めをくれと言う。我慢させようものなら、怒ってしまう。そんな話でした。
良い悪いではなく、違いです。私たちの文化では、我慢は、ごく自然に起きる。だから「我慢しないで」と言われても、我慢する。それは、その人が悪いのではないのです。何十年も我慢で生きてきた人に、診察室の一言で変われと言う方が、無理がある。
でも、だからといって、このままでいいとは思えません。
痛みを我慢することは、「気持ちの問題」では済まないからです。
痛いと、眠れない。眠れないと、食べられなくなる。食べられないと、動けない。動けないと、体力が落ちる。体力が落ちると、治療に耐えられなくなり、やりたいことができなくなる。痛みは、生活を、少しずつ削っていくのです。
しかも、我慢した痛みは、あとから取り返しがつきにくい。我慢の末に薬を飲んでも、すぐには効かない。効かないから「薬は効かない」と思い込み、次はもっと我慢する。我慢は、我慢を呼びます。
ここまでは、たぶん、どこでも言われていることです。私も、何度も書いてきました。
でも今日は、もう一歩、踏み込みたい。我慢してしまうのは文化のせいだけなのか。我慢させているのは、実は、私たち医療者のせいもあるのではないか。
緩和ケア医として、ずっと引っかかっていることを、ここから先で書きます。